夜の雨はずっと降っているだろう。
夜の雨は巨大魚を呼び寄せるだろう。




アロワナ Osteoglossum






隣の奴の天気予報は驚くほどよく当たる。
だけど他は全部嘘。


*

その夜は本当に大雨で、明日の体育の授業は体育館の中で行うことを決定付けていた。


雨が降ると森の近くは水で埋まってしまう。 丁度、大人の膝よりちょっと下ぐらい。
昼には退いてしまうが、朝はちゃぷちゃぷと波をたてているので 別砂達は長靴を履いて学校へいくのだ。


「本当に降ったわね」



知古が先ほど読んでたものと同じハードカヴァーの本から目線を窓に移し呟いた。 別砂は雨が降ったのが嬉しいのか、新しい長靴を箱からクッション材の紙を除けながら出していた。

雨は夜中降り続き、朝には何事もなかったかのようにやんだ。



+ + + +






水面と丘の高さが変わらないって事は、
直ぐ溢れるって事。


*





その朝の別砂の寝起きの良さは素晴らしかった。 まるで、死人が生き返るような勢いで瞼がぱちっと開き、その勢いのまま窓へ直行していた。


窓の外は水がちゃぷちゃぷと溢れかえっていて、時々何かが跳ねて落ちる音がしていた。
ああ、狭乃の天気予報は本当に当たったなぁ…としんみり思っている脳とは別に四肢は急いで外に出る準備をしていた。 寝間着から着替えて、髪を結わえて、昨日の夜出した新品の長靴を履く。 そして知古を起こさぬようにそっと戸を開けて、他の寮生を起こさぬよう静かに、だけど急いで廊下を渡り、 階段を下った。
寮母は食堂で新聞を読んでいた。


「おはようございます」



「おはよう別砂ちゃん。学校に遅刻しないように戻ってくるのよ」



寮母は時間さえ守って、挨拶さえきっちりすれば後はゆるゆるだった。 部屋の中にいかがわしいものを持ち込もうが、猫を飼おうが何も文句は言わなかった。 料理を旨いと言えば喜ぶし、時間も挨拶も忘れればとても怒られる。 そんな身勝手な人で、噂では未亡人で未亡人になってから寮母になったという話だった。
恰幅の良い、男前な女性だった。

玄関の階段の一段目は完璧に水に埋まっていた。 別砂達にしてみればそんなの当たり前で、夜通し降っていた雨に川がちょっと増水しただけなのだ。 そのためかここの地域の家々は礎は高めに作ってあり、入り口は階段の先にあるのだ。


少し、底の厚めな長靴を履いて自転車をこいでいる牛乳屋が通り過ぎって行った。


別砂はなんの躊躇いもなく、長靴に包まれた足を水の中につけて、森の方へ向かった。



+ + + +






森の方で一際大きい水音がした。近づけばその音は益々大きく感じ、別砂の足を速める一因となっていた。 そして森の近くに来ると別砂は速めていた足を止め、今度は波をたてぬようそっと静かに慎重に歩き出した。


長靴のビニール越しに伝わる水温はひんやりとしていて心地がよい。


森の一番端に着いた。



銀色の1m弱の魚がその体をうねらせながら優雅に泳いでいた。



―――ああ、これぞ雨上がり。



そう、感じ洋服が汚れないよう注意しながら楽な体勢になり、その魚をじっくり観察する。
魚はそんな別砂のことなど気にもせず悠然と体をうねらせ優雅に泳いでいた。


今のところざっと十尾弱の魚が森の端で優雅に泳ぎながら何かを探していた。


別砂が目を付けていた一尾が木の下でぴたりと動かなくなった。
ぴたりと止まって、何か気に付いている何かをじっと見つめていた。
そしてその大きな体をうねらせ飛び上がった。


音が鳴る。



そして目的を果たして、



音が鳴る。



はぜる水、東の空からすっかり顔を出した日の光が魚の透明な鱗を輝かせ、はぜた水がキラキラ光った。
一連の動作を意識の薄いスカイグレイの瞳が見つめていた。


魚は先程のジャンプで目的を果たしたのか森の奥へ悠然と泳いで去っていった。
寮母に怒られる前に帰ろうと別砂は森を後にした。



もうすぐ水は退いていく。









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